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鉱物に耳をあてがう,地球と宇宙が聞こえる

図1
図1:様々な晶相の黄鉄鉱.形成条件を反映していると考えられる.

鉱物は岩石の構成単位であるとともに、自然界における無機物の階層の中で、物性が発露する最小構成単位です。そのため、地球惑星物質科学を研究する上での最も基本となる研究対象です。原子レベルの視点から鉱物の特性を調べること、そして地球や宇宙において鉱物がどのような条件で形成され、その後どのような履歴を経てきたか、その歴史を明らかにするのが“鉱物学”です。

地球や惑星、原始惑星系円盤の進化において、気相や液相からの結晶成長は、天体の化学的分化や物理的性質を決定する最も重要な過程の1つです。鉱物が成長する時には、内部に木の年輪のような組織(累帯構造と呼ばれる)を残したり、特徴的な結晶の「形」をとることがあります。

多くの鉱物は形成した後の環境変化にともない、新しい条件に適応するため、複雑な微細組織を示すようになります。例えば、かんらん石内の転位構造はマントル対流の痕跡であり、輝石の分相構造(離溶組織)は火成作用の熱履歴を示します。また、鉱物の中には、温度・圧力に応じて、その結晶構造が変化(相変態)するものもあります。黒鉛が超高圧下でダイヤモンドに変化するのもその一例です。従って、鉱物の化学組成、結晶構造、外形、微細組織などは、鉱物が形成した場の条件やその後の環境変化を反映しています。

このような情報は、後からの変成過程で上書きされて消えてしまうこともありますが、適切な試料を選ぶことで、直接測定することができない,重要な情報を得られる可能性があります。たとえば、地球の深部であったり、46億年前の太陽系ができたころ、あるいはもっと昔の太陽系外の環境など、理論や観測では調べることのできない情報をもっている鉱物が存在しています。わたしたちは、鉱物を地球や太陽系の“レコーダー”と考えています。我々の研究とは様々な方法を使って、鉱物に残された履歴を読み解くことそのものです。

鉱物学講座の研究

鉱物学講座では、地球の鉱物をはじめとして、宇宙から飛来した隕石や「はやぶさ2」などの探査機が持ち帰った宇宙物質も研究対象としています。

鉱物学にとって、鉱物そのものを様々な方法で観察・分析して、その特徴を捉えることはもっとも重要です。そのため、わたしたちの研究室では、地球惑星科学分野では他に類をみないほどの多くの最先端分析装置を有しており(研究装置を参照)、研究室内において様々な手法を組み合わせた微小観察と分析が可能です。

しかしそれだけでは、鉱物の形成や変成履歴を読み解くことはできません。どのような条件で、またどのような速さで、鉱物が形成し、相変化し、化学反応していくかを知っている必要があります。そのために、保有する電気炉等をつかって地球内部から地球外まで様々な鉱物の形成環境を再現して、その生成や変成実験をおこなっています。また、学外との共同研究を積極的におこない、主要な造岩鉱物の相平衡実験や、SPring-8での放射光を使ったナノ領域のCT撮影などもおこなっています。

わたしたちが鉱物を通じてどのようなことを知ろうとしているのか、以下にいくつかの研究事例を紹介します。より詳細には、研究業績をご覧ください。

鉱物の成長・相変態・分相
鉱物学のフロンティア

1. 鉱物の成長・相変態・分相

輝石の相変化

輝石は主要な造岩鉱物の1つであるとともに、隕石中や若い恒星のまわりなど宇宙にも広く存在することが知られています。輝石は、幅広い化学組成範囲を持ち、温度や圧力の変化により、特徴的な相変化を示します。輝石の相平衡図を正確に作製することで、こうした相変化を理解するだけでなく、地球や宇宙の様々な環境における輝石の形成過程に迫ることが可能になります。本研究室では、高温その場分析実験やコンピュータシミュレーションを用いて、輝石の相関係を明らかにし、相平衡図を作製してきました。また、相変化がどのような条件(温度、圧力、冷却速度、粒径、など)に影響を受けるのかについても実験的な研究を行っています。

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図2: 透過型電子顕微鏡を用いて撮影した火山岩中のピジョン輝石の微細組織。黒い帯と白い帯とでは化学成分(特にCaの量)に顕著な違いがみられる。黒い帯が観察されない領域では、無数の微小ドメインが複雑に重なり合ったパターンを示す。このような鉱物中の微細組織を解析することによって、鉱物やそれを含む岩石が受けてきた熱履歴の手がかりをつかむことができる。

鉱物の挙動に関するシミュレーション研究

鉱物学における20世紀最大の研究成果は、鉱物の原子配列を明らかにしたことです。その後、原子間の相互作用から鉱物中の原子配列を計算機シミュレーションによって再現する研究がおこなわれています。本研究室では、計算機を用いて、鉱物の結晶構造中における原子や分子の運動や配置を計算して、その構造の安定性および熱力学的性質などを検証する研究をおこなっています。特に、相変態に伴う構造変化に重点をおいています。また、シミュレーションに必要となる原子・分子間の相互作用パラメーターの精密決定もおこなっています。

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図3:ペリクレース(MgO)のフレンケル欠陥と発生と移動、消滅までの分子動力学シミュレーション

2. 鉱物学のフロンティア

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図9:新鉱物「箕面石」

鉱物は一般に、構成する原子の種類と比(化学組成)がある程度定まっており、さらにそれらが規則的に配列(結晶構造)しています。すなわち、化学組成と結晶構造によって鉱物の“種”が特定されます。2015年9月現在で5000種あまりの鉱物種が知られています。「鉱物ってそんなに種類があるの?」と言われる方が多いですが、地球上には870万種以上の生物が存在すると言われていることに比べると、高々5000種に過ぎません。いまでも、毎年年間で数十種の新種の鉱物(新鉱物といいます)が発見されつづけ、とくにここ数年は年間100種以上の新鉱物が報告されいるなど、新鉱物発見のペースが早まってきています。ただし、日本においては、いままでに知られている鉱物種は1500種に足りず、国内からの新鉱物の報告も例年数種ずつに留まっているため、世界の鉱物種数との差は広がる傾向にあります。

こうした多種にわたる鉱物を記載することは鉱物学の原点とも言えます。我々の鉱物学講座でも、鉱物の記載を重視しています。マクロな記載抜きでいきなり微視的な観察・分析から始めると、まさに「木を見て森を見ず」の状態に陥りかねません。また、天然鉱物の記載なしでは、室内実験をするにしても何を合成・再現すればいいかの糸口がつかめません。その意味で、我々の目指す鉱物科学では、まずは丁寧な記載から始まると考えています。その天然鉱物の記載を行っている過程で、“新鉱物”に出会えたとしたら、それを目的としているわけでなかったとしても、やはり楽しいものです。何と言っても世界で初めて自分が見つけたものですから!皆さんにも運が良ければその楽しみも味わっていただければと思います。

当研究室では、最近の数年間で20種以上の日本新産鉱物(すなわち、日本初!)を報告しており、5種類の新鉱物(箕面石・足立電気石・今吉石・三崎石・伊予石)を世に送り出すことに寄与しています。

鉱物のナノレベル観察・分析手法の開発

近年の観察・分析装置の発達により、以前には観察・分析が困難だった火成岩、変成岩、隕石中にサブマイクロメートルスケール、さらにはナノメートルスケールの鉱物が注目されています。こうしたナノメートルスケールでの鉱物の化学組成や相の決定、組織観察において電子顕微鏡(特に透過型電子顕微鏡)は不可欠な装置です。我々の研究室では、電子顕微鏡分野で注目されている解析・分析方法を鉱物分野にいち早く取り入れ改良することにより、鉱物のナノメートルレベルでの観察・分析を行っています。さらに、鉱物・岩石などの3次元情報をマイクロメートルスケールからナノメートルまでシームレスにを得るための手法開発、とくに集束イオンビーム装置による試料製作法の開発や透過型電子顕微鏡ステージの開発などにも取り組んでいます。

図10
図10:フォルステライト(Mg2SiO4)の電子顕微鏡像(左)一番明るく見える点がSiとOがカラム状に並んでおり、次に明るい点にはMgが並んでいる(HAADF-STEM像)。(右)HAADF-STEM像とは逆のコントラストで、一番暗く見える点がSiとOがカラム状に並んでおり、次にくらい点にはMgが並んでいる。さらに酸素のカラムも見えている(ABF-STEM像)。

地球惑星物質の3次元構造分析手法の開発

通常、物質の内部構造を研究するときは、試料を切断し、2次元的断面を光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いて観察します。内部構造を知るためには3次元構造が重要ですが、2次元断面から3次元構造を推定することは困難です。また、断面観察は破壊分析であるため、微小試料の場合、試料の大半は失われてしまいます。わたしたちが取り組んでいるマイクロCT撮影は、非破壊で3次元的な情報を直接得ることができる方法です。さらに内部構造だけでなく、サンプルの定量的な3次元外形も形の科学として重要です。最近の3次元構造の取得・解析手法の発展により、材料科学や生命科学の分野では3次元的な研究がスタンダードとなりつつあります。

図11
図11:マイクロX線CTの論文数の年変化

鉱物学講座は、このような研究の流れの中で、SPring-8や産総研の研究者との共同研究により、放射光マイクロX線CT装置開発とこれを用いた地球惑星物質の3次元構造研究を進めてきました。これまでの研究で、SPring-8においてX線結像光学系を用いて約100nmの空間分解能で3次元構造を得ることができるようになりました。さらに、2つのエネルギーを用いて試料内の3次元鉱物分布を得る手法を開発しました。これらの手法を使って、「彗星探査機スターダスト」や「はやぶさ」が持ち帰った試料の分析をおこなってきました。また最近は、2020年以降に帰還する「はやぶさ2」や「オシリスレックス探査機」のリターンサンプル分析に向けて、有機物や水を含む物質の3次元構造分析をおこなうための手法開発もおこなっています。

図12
図12:イトカワ粒子の3次元構造

彗星塵には1μm以下の非常に小さなものが多くあります。このような微小試料の3次元構造は、X線よりも波長の短い電子線で調べることができます。鉱物講座では、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた電子線CTの研究を開始しました。これにより、彗星塵の3次元構造を世界で初めて得ることに成功しました。また、収束イオンビーム(FIB)によるシリアルセクショニングやアトムプローブを用いた、破壊法による3次元構造分析も進めています。

図13
図13:微細サンプルのための3次元構造分析手法における試料サイズと空間分解能(FIB: 集束イオンビーム、SEM: 走査型電子顕微鏡、TEM: 透過型電子顕微鏡)